東京芸術大学の公開講座「今日の美術を楽しむ」の2025年のテーマ「私の美術館」に参加して制作した作品の制作過程をご紹介します。
職業作家ではない素人の私が公開講座で現代アート制作に取り組んだものですので、完成品のクオリティがどうかというよりも、学び得た制作プロセスをご紹介することが目的です。
1st trial
AIにAI自身をキュレーションさせる試み
AIに「AIを自己紹介させる」というキュレーションボックスを、身の回り品や容易に作ったり購入できるもので集めれるもの、という条件で問いを投げて、出てきた答えの通りに配置してみる、というアプローチです。
・音の出ない楽器の模型<br>・何も書かれていないノートとペン
・片耳しかないイヤホン
・何も入っていないボトル
・人間の情報の痕跡

2nd trial
二重構造による「カオスな作品」=ガラクタ箱
AIに作らせただけのキュレーションボックス、というコンセプトで完結させることも一つのアイデアでしたが、それだけでアートは、「アートにAIを突くことの礼賛」という誤解を生むだけ、と考えて、AIでは思いつかないキュレーションボックスのアイデアを自ら考えました。
その方法は、AIの作ったキュレーションボックスを写真にして、それをボックスの中に配置し、その周りに表現したいことうぃつながるアイテムを散りばめる、という二重構造でした。
この「二重構造」というアイデアはAIが列挙したアイデアには存在しない独自のアイデアとして採用しました。
AIには作れない手作りのアート?を配置するために、粘土細工や絵も描きましたが…
3時間かけても何だかわからない粘土細工は「サモトラケのニケ」、クマの粘土細工はある型を使ってなんとか整形。
これらは、「古代アート」と「数十億円で落札された現代アート」の象徴。
全く評価されない「無価値なアート」と並べることで、「宇宙人なら何を選ぶか」というテーマを、一緒にこの中に持ち込む試みです。
そして、さらに、映画「ブレードランナー」の原作へのオマージュとしてのアイテムを放り込むことで、人間とAIの境界を象徴しようと試みました。
ここでは、著作権の問題をクリアするために、原作本をそのまま使えないことから、いくつかのアイテムを集めたり、手作りしてみました。
パソコンの電子基板からケーブルでつないだ動物っぽい粘土細工=電気羊、という意図でしたが、何をしたいのか全く伝わらない(笑)
そして、アートをAIにやらせることの倫理的な問題をクローズアップするために、「詩」を作らせてカードに印刷して、それも箱に置きました。
できたものや集めたアイテムをとにかく全部詰め込んでみる、というアプローチの結果、混沌とした「カオスな作品」が生れかけました。最後の仕上げは、シュレッダークズをばらまいて、ガラクタ箱の完成です。
3rd trial
エッセンスを選び取る「生みの苦しみ」とは?
この混沌としたガラクタ箱を最終展示用にしようか迷いがありましたが、そんな私に
「この中に、既にシンプルにメッセージを伝えられるアイテムの組み合わせがある。」
「アイテムの多い表現方法もあるが、それは言いたいことが伝わりにくくなることが多い。メッセージはシンプルなほど響きやすい。」
という先生の意見がありました。
素人ながら多くの現代アートが「シンプル」にそぎ落とした作品が多いことはもちろん承知していましたが、「Less is more」と同時に「神は細部に宿る」という言葉も知っていますので、アイテムをプロ作家が如くに絞り込むことは「畏れ多い行為だ」、「それだけでメッセージを伝えなければならない、そんなものは自分には作れない」、と無意識のうちに、その方法から真逆の混沌とした世界を作る方法に傾いていました。

そんな弱気な私の気持ちを見抜いておられたのか、先生は「この中にとても響く、面白いアイテムが既にある。私はこれがとても気に入ってる。」というお褒めの言葉をかけていただき、私の背中を押してくれました。
ただ、はっきりしていることは、そのアイテムは、「カオスな作品」を作っていなければ、決して思いつかない、作れない、持ってこれない、というアイテムだったということです。
「現代アート」の作品を作るという「生みの苦しみ」を実際に自ら体験できた瞬間でした。
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