はじめに
年末にピンクフロイドのトリビュートバンド「原始神母」のコンサートに行きました。
キングクリムゾンもイエスも、ELPもオリジナルメンバー全員は揃わないまでも、実際のバンドの来日コンサートを見ることができましたが、ピンクフロイドだけはかないません。
しかし、偉大なる模倣を行うトリビュートバンドがピンクフロイドにも存在します。
その中でも、日本で活動するバンドが「原始神母」です。
本家本元のピンクフロイドと全く同規模、同等のライブという訳にはいきませんが、再現レベル・演奏クオリティは素晴らしく、音と光のパフォーマンスアートの体験ができるバンドであり、もはや、ピンクフロイドがクラシックコンサートのように模倣される、一種の現代アートのクラシックになったものと感動を覚えました。
実際に、年末は最後に「第9の代わりに」という掛け声の下で、「原子心母」の完全再現を体験させてもらえました。
「原始神母」のコンサートを通じて、ピンク・フロイドの音楽と視覚芸術の融合がどれほど強力で深い体験を生み出すかを再確認しました。
ピンク・フロイドのライブは、単なる音楽のパフォーマンスに留まらず、視覚的な要素や演劇的な演出を通じて、聴覚と視覚を超えて感覚全体を刺激する芸術的な体験となります。
このようなライブのスタイルは、もはや音楽とアートの境界を越え、音楽を「体験型アート」として進化させるものであり、時代を超えて新たな形の表現方法を提供し続けています。
ピンク・フロイドのようなバンドが築いた「音楽と視覚芸術の融合」は、現代アートの一部として、新しい表現形式を生み出すきっかけとなりました。
彼らのパフォーマンスは、音楽の枠を超えて視覚的な演出、光の使い方、映像技術の駆使など、さまざまなメディアが一体となることで、音楽を単なる聴覚的体験から多次元的な芸術体験へと昇華させました。
現在でも、「原始神母」のようなトリビュートバンドがその精神を受け継ぎ、ライブの中で音と光、そしてパフォーマンスアートが見事に調和しています。
この記事では、ロックコンサートとアートの関係について探求し、特にピンク・フロイドがどのようにして音楽と視覚芸術を融合させたライブを行い、後のアーティストに多大な影響を与えたのかを深く掘り下げていきます。
そして、このような音楽のライブ体験が、どのようにして視覚的、感覚的な体験に変わり、今のインスタレーションアートなどにつながってきているか、その歴史的背景とともに考察していきます。
(唐突にロックコンサートをとり上げた理由はこちらの記事のとおりです)
1. アートロックの誕生
1960年代後半から1970年代初頭にかけて、音楽は急速に進化し、新しいスタイルやジャンルが生まれました。
この時期は、アートロックからプログレッシブロック(通称プログレ)への重要な転換期でした。
アートロックは、クラシック音楽、ジャズ、実験的な音楽を取り入れることで、ロックの枠を超えて表現の幅を広げました。
アートロックとその時代背景~コンセプトアルバムの出現
1960年代後半、社会的・政治的変動(ベトナム戦争、公民権運動、学生運動)とともに、メディアの発展(特にテレビの普及)や音楽の創造的進化が影響を与え、価値観が大きく変わりました。
この時期、音楽の中心はシングルヒットからアルバム重視へと移行し、アルバム制作において時間の制約を受けない自由な表現が可能となり、アーティストたちはより実験的な音楽制作に取り組むようになりました。
特に音楽アルバムのあり方に大きな影響を与えた革命的作品と言われているのが、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』です。
このアルバムでは、ビートルズは、それまでのシングル中心のアルバムから、コンセプト・アルバムへと進化させ、アルバム指向の音楽スタイルを確立しました。
同様の先駆者として、クリーム、ヴァニラ・ファッジ、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス、ピンク・フロイド、ジェファーソン・エアプレイン、フランク・ザッパ、ドアーズ、グレイトフル・デッド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどが挙げられます。
また、トラフィックはルーツ・ミュージックとプログレッシブ・ロックを融合させたスタイルで注目されました。
日本ではヴァニラ・ファッジやクリームがアート・ロックの代表格とされ、英米ではプログレッシブ・ロックのバンドもアート・ロックとして扱われることがあります。
アート・ロックは、消費される美とアートポップのような日常的な美学から一線を画し、よりロマンチックで自律的な芸術を追求しました。
音楽としては、ロックのエネルギーとクラシック音楽の影響を融合させるといった新しい取り組みで、アルバム全体で表現する一貫したテーマが重視されました。
さらに、アートロックから進化した「プログレッシブ・ロック」では、技術的な演奏力や哲学的な側面を強調し、交響曲的な要素を取り入れた作品を生み出しました。
一方、そのような技術的な側面よりも、前衛的でノイズ的な要素に重点を置き、より実験的な音楽に挑戦したバンドなどもあり、多様な形態に次々に挑戦するバンドが生れ、もはや、「アート・ロック」と「プログレッシブ・ロック」の分類はあまり意味をなさなくなりました。
いずれにしても、両者の共通点は、ロック音楽を芸術の領域に昇華させようとした点にあると言えます。
この時代背景をまとめると以下のような点になります。
- カウンターカルチャー運動:若者たちは既存の価値観や文化に反発し、新しい表現を求めました。
- 技術の進歩:レコーディング技術や電子機器の発展が新しい音楽表現を可能にしました。
- クラシック音楽や現代アートの影響:ミュージシャンたちはクラシック音楽やアバンギャルドアートからインスピレーションを受け、ロックに取り入れました。
プログレッシブロックへの進化
アート・ロックは、主に1960年代後半に登場した芸術的要素を持つロックバンドや、その作品を分類した音楽用語だったのですが、その後、1970年代に「プログレッシブ・ロック」に吸収されたと見られています。
プログレッシブロックは、アートロックの芸術性をさらに深め、音楽的な構造や技術に重点を置いたジャンルとされています。
この時代には次のような特徴が見られました:
- 物語性のあるアルバム構成:プログレッシブロックのアルバムは、しばしば全体を通じたストーリーやテーマを持ちました。
- 楽器演奏の複雑さ:クラシック音楽やジャズの影響を受けた高度な演奏技術が求められました。
- ライブパフォーマンスの視覚的演出:音楽だけでなく、視覚的な要素も重要視され、コンサートは総合芸術としての性格を強めました。
キングクリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)、ジェネシスなど、主にブリティシュ・ロックのバンドが、このジャンルを代表するアーティストとして知られています。
これらのバンドの音楽は、作曲に重点を置き、複雑で長い楽器セクションや交響的なオーケストレーションを使用することが多く、コンセプト・アルバムの形式が主流でした。
ビートルズ『サージェント・ペパーズ』とプログレッシブ・ロックの隆盛の年代的関係
ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は、1967年に発売されました。
このアルバムは、アルバム全体を一つのコンセプトで構成し、従来のシングル曲集とは一線を画す「アルバム指向」の音楽を確立した作品として、ロック音楽の革新に大きな影響を与えました。
このアルバムの登場が、アート・ロックやプログレッシブ・ロック(プログレ)の発展に重要な役割を果たしたと言えます。
- 1967年: ビートルズが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表。
アルバムの概念を重視した、シングルのヒット曲とは異なるアートとしての音楽制作が注目されるようになり、ロックの芸術的側面が強調されました。
このアルバムが「コンセプト・アルバム」や「アルバム重視」というスタイルを確立し、その後のプログレッシブ・ロックに大きな影響を与えました。 - 1968年-1970年: プログレッシブ・ロックの誕生と隆盛
- キング・クリムゾン: 1969年に『イン・ザ・コート・オブ・ザ・クリムゾン・キング』を発表。
これがプログレッシブ・ロックの金字塔となり、その後のバンドに多大な影響を与えました。 - ピンク・フロイド: 1967年にサイケデリック・ロックからスタートしたピンク・フロイドは、1969年に『おせっかい』(A Saucerful of Secrets)をリリース。
その後、1973年に『ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』でプログレッシブ・ロックの代表的存在となります。
- キング・クリムゾン: 1969年に『イン・ザ・コート・オブ・ザ・クリムゾン・キング』を発表。
- 1970年代初頭: プログレッシブ・ロックの全盛期キング・クリムゾンやピンク・フロイド、イエス、エマーソン・レイク&パーマー(ELP)、ジェネシスなどのバンドが次々と登場し、音楽的に革新的な試みを展開します。
プログレッシブ・ロックは、クラシック音楽やジャズの要素を取り入れ、複雑で長大な楽曲構成を特徴とし、コンセプトアルバムのアプローチを取ることが多くなりました。 - 1970年代中期: プログレッシブ・ロックの影響を受けた新たな音楽の登場
1970年代中期には、プログレッシブ・ロックが商業的に成熟し、よりポップな要素(プログレバンドのような長大な曲構成を取らない)を持ったクイーンなどが新たに登場。
その後、ニュー・ウェイヴやパンクロックの登場によって、プログレッシブ・ロックの全盛期は終わりを迎えます。
「プログレッシブ・ロック」という分類はアーティスト自身は嫌いな理由
なお、「プログレッシブ・ロック」という名称については、1970年代初頭にイギリスの音楽ジャーナリズムによって使われ始めたようで、具体的に誰が最初にその名前を付けたかははっきりしていません。
1960年代末から1970年代初頭にかけて、いくつかのロックバンドが新しい、より芸術的で実験的な音楽スタイルを採用し、これを指す言葉として「プログレッシブ・ロック」が使われるようになったと言われています。
一方、音楽雑誌や評論家が分類したこの名称は、多くのバンドがそのレッテルを好まなかったり、批判的だったりすることがありました。
特に、キング・クリムゾンやイエス、ピンク・フロイドなどの主要なバンドは、自らを「プログレッシブ・ロックバンド」として定義することに抵抗があったような発言が残されているようです。
これには、いくつかの理由が考えられます。
・音楽の多様性
プログレッシブ・ロックというレッテルを貼られることで、バンドの音楽が一つの特定のスタイルに固定されることを嫌ったという点があります。
例えば、キング・クリムゾンのロバート・フリップは、音楽の自由さと実験性を重視しており、「プログレッシブ・ロック」という枠組みで自分たちを説明されることに対して、むしろ制約を感じていたと言われています。
・商業的なラベリングへの反感
「プログレッシブ・ロック」が商業的に流行し、一定の型にはまった音楽スタイルとして扱われるようになると、バンドはその枠にはまることを嫌がりました。
特に、プログレッシブ・ロックというジャンルがあまりにも明確に商業的に分類されてしまうと、アーティストの創造的な自由が損なわれることを懸念していたのです。
・進歩的という言葉の誤解
「プログレッシブ(進歩的)」という言葉は、必ずしも自分たちが進歩的な音楽をやっているという意図ではなく、むしろ新しい表現を模索する姿勢から生まれたものであり、そのラベルが過度に「革新性」に焦点を当てすぎることに不満を抱くバンドもありました。
・音楽的な枠にとらわれたくない
多くのプログレッシブ・ロックバンドは、音楽的な枠組みやジャンルに縛られることなく、自らの音楽性を表現したいという思いが強かったため、あまりにも「プログレッシブ・ロック」というレッテルを貼られることを好まなかったのです。
例えば、ピンク・フロイドは、最初はサイケデリック・ロックのバンドとして知られていたものの、後にアート・ロックやプログレの枠を超えた多様なスタイルに挑戦しました。
このように、バンド自身は音楽の幅広さや実験性を重視しており、プログレッシブ・ロックというジャンル名が定着することに対して抵抗があったと言えます。
このことは、彼らが、評論家等の音楽ジャーナリズムの都合による枠組みにはめられることを嫌い、独自の音楽スタイルを追求するという「現代アート」の精神に通ずるような思想でロック音楽に取り組んでいたことの証でしょう。
こうした彼らのクリエイティブな姿勢が、次のピンクフロイドのパフォーマンスアートのようなロックコンサートを生み出したと考えられます。
2. ピンク・フロイドのロックコンサートスタイル
いくつかあるプログレッシブ・ロックのレジェンド・バンドの中でなぜピンクフロイドなのかと言えば、他のバンドのような高度で複雑な演奏技術よりも、コンセプトと感性がメインのバンドだからです。
これは、他のバンドのファンからは時々、大衆の圧倒的な支持を得たこと等も含めて、批判的にみられる要因の一つでもあります。
こういう点は「ポップアート」が最初に批判されたことと似ています。
ピンク・フロイドのロックコンサートスタイル
ピンク・フロイドは、演奏の難易度を前面に出して聴かせるようなバンドではありませんでしたが、一方で、音楽だけでなく視覚的な要素は早くから重視しました。
1970年代初頭から中期にかけて、彼らは壮大なコンサートパフォーマンスを展開し、ライブショーを「体験」として位置づけました。
彼らのコンサートでは、映像、ライト、そして音響が一体となり、観客を音楽の世界に引き込む演出が施されました。
「狂気」というアルバムの成功は、コンサートの規模や仕掛けを大掛かりなものにする金銭的な余裕を生み、今の東京ドームで人気アーティスト(フロイド同様に一部の玄人筋のウケが悪い「コードプレイ」等)が展開するような大規模な音と光の空間演出の先駆けとなりました。
このようなパフォーマンススタイルは、後のロックコンサートや音楽フェスティバルに大きな影響を与え、音楽のライブ体験そのものを視覚的で感覚的なインスタレーションアートのようなイベントに昇華させました。
また、「炎」というアルバムでは、その成功を自ら自虐的に歌う曲「Have a Cigar (葉巻はいかが)」があります。
この曲は金儲け主義の音楽業界への痛烈な批判を盛り込んでおり、「現代アート」の抱える課題にも通ずるような内容だったのが、今となってはとても興味深いところです。
メンバー間で音楽的な方向性だけでなく、政治的スタンスの価値観の相違などで修復困難な仲たがいをしてしまったところ等も、コンセプト重視で音楽を創作したバンドらしいところです。
ピンク・フロイドのライブ・コンサートにおける視覚芸術との融合
ピンク・フロイドは、ロックバンドの枠を超え、音楽、視覚芸術、演劇の要素を融合した革新的な表現を生み出しました。
彼らのコンサートは、現代アートの潮流の一部として評価されるべきパフォーマンスアートの先駆けともいえるものです。
ここでは、彼らの代表的なツアーや演出を具体例とともに紹介します。
- 『原子心母』 (1970年)
- ピンク・フロイドのアルバム『原子心母』は、クラシック音楽とロックを融合させた作品として評価されており、同時に視覚的演出を伴ったライブパフォーマンスが注目を集めました。
- 特徴的な演出:
- オーケストラや合唱団をステージに招き、音楽に壮大なスケール感を加える。
- 音楽に合わせたライトショーやプロジェクションが、アルバムの前衛的な世界観を強調。
- バンドメンバーとオーケストラが一体となり、まるで音楽そのものが視覚化されたかのような体験を提供。
- 『ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』ツアー (1973年)
- このツアーは、ピンク・フロイドのライブパフォーマンスがアートとしての地位を確立する重要な契機となりました。
- 特徴的な演出:
- 巨大な円形スクリーン「Mr. Screen」に映像を投影。
- プリズムを使った光の屈折を取り入れ、アルバムアートを視覚化。
- クアドラフォニック・サウンドシステムによる立体音響で、観客を音の流れに包み込む。
- 『アニマルズ』ツアー (1977年)
- ジョージ・オーウェルの『動物農場』にインスパイアされたアルバム『Animals』を基にしたツアーでは、社会的・政治的メッセージが色濃く反映されています。
- 特徴的な演出:
- 空中を漂う巨大なブタの風船は、権威や資本主義への批判を象徴。
- ステージ全体を物語の舞台に見立てたデザイン。
- 視覚効果と音楽のシンクロが観客にストーリー性を伝えました。
- 『ザ・ウォール』ツアー (1980–81年)
- アルバム『The Wall』を基にしたライブは、ピンク・フロイドのパフォーマンスアートが最高潮に達したものとして知られています。
- 特徴的な演出:
- 実際に壁を構築し、物語が進むにつれて崩壊させる象徴的な演出。
- 巨大な人形やプロジェクションを駆使し、楽曲ごとのテーマを視覚化。
- ストーリー性を重視し、音楽と演劇を融合した構成。
ロンドンオリンピックでのエドシーランのカヴァーパフォーマンス
ロンドンオリンピックの閉会式でエドシーランが演奏した1曲がピンクフロイドの「炎」の中の「Wish You Were Here」でした。
バックバンドには、ピンクフロイドのニックメイスンも参加してシーランの歌唱をサポートしました。
そして、会場のバックに、握手する人が燃える演出があり、非常に印象的な瞬間でした。
演奏とビジュアルの融合
- エド・シーランの演奏
エド・シーランがカヴァーした「Wish You Were Here」という曲は、ピンク・フロイドがシド・バレットに捧げたもので、孤独感や人間のつながりをテーマにした深い歌詞が特徴です。
シーランはギターを弾きながら、感情的で繊細なパフォーマンスを行い、観客を引き込んでいきました。 - 「炎」の演出
シーランの演奏中に展開されたビジュアルは、アルバム『Wish You Were Here』のジャケットへのオマージュでした。
アルバムジャケットには、炎に包まれたビジネスマンが描かれており、この象徴的なイメージを再現するために、閉会式では「炎」の演出が行われました。
実際には、綱渡りする人が、渡り終えた先にいた人と握手し、その相手が炎に包まれるという幻想的なシーンが展開されました。
この「炎」は、アルバムジャケットの燃えるビジネスマンのビジュアルと完全に一致し、ピンク・フロイドのテーマである「人間の孤独」や「存在の儚さ」を象徴していました。 - 演出と音楽の融合
このシーンの演出は、音楽と視覚が見事に融合した瞬間でした。
シーランの演奏する「Wish You Were Here」の歌詞とメロディーが流れる中で、燃える人形が舞台に現れることで、曲のテーマである「疎外感」や「社会的なつながりの欠如」が視覚的に表現されました。
炎に包まれる人は、まさにピンク・フロイドのアルバムジャケットのオマージュであり、視覚的にも感情的にも観客に強い印象を与えました。
この演出は、ピンク・フロイドの音楽とその深いメッセージへの敬意を表するものであり、またロンドンオリンピックという世界的な舞台で、音楽と視覚芸術が一体となって強力なメッセージを伝える瞬間でした。
エド・シーランが歌う「Wish You Were Here」の感動的な演奏と、燃える人形のビジュアルが交錯することで、オリンピック閉会式の中で特別な位置を占める感動的なシーンとなったのです。今や、世界的な大スターになったエドシーランがピンクフロイドをカヴァーしたなんて、若い世代の人は殆ど興味ないと思いますが、その一方で、日本のフロイドファンのオジサン達は、「誰や、この子は?」みたいな感じ…
しかし、今のポップス、ロックミュージックシーンに、ビートルズだけでなく、この時代のアートロック、ブリティッシュロックの先駆者たちも大きな影響を残していることを、オリンピックの場で象徴的に示した事例でした。
(日本のテレビ放送では、アナウンサーも、おそらく、燃える人形の意味が分からず、このシーンの解説は一切なかったように記憶しています。個人的には「そこ、解説しろよ!」みたいにツッコみたくなりましたが)
3. 現代アートと音楽の関係
現代アートと音楽の関係は、ますます緊密になっています。ピンク・フロイドのようなアーティストが示したように、音楽はもはや単なる音の集まりではなく、視覚的、感覚的な体験として表現されるようになりました。
アートと音楽の境界が曖昧になり、両者は互いに影響を与え合いながら進化を続けています。
現代では、アートインスタレーションやコンサートでの映像表現、音楽とテクノロジーの融合など、新しい形態のアートと音楽のコラボレーションが増えています。
例えば、デジタルアートやプロジェクションマッピングを用いた音楽パフォーマンス、AIやインタラクティブ技術を取り入れた音楽体験など、音楽と視覚芸術の垣根を越えた新しい表現方法が登場しています。
これにより、音楽はより多次元的で深い体験を提供する手段として進化し、アートの新しい可能性を切り開いています。
音楽と現代アートは、これからも相互に影響を与え続け、未来のアートシーンを形作る重要な要素となるでしょう。
ピンク・フロイドが示したように、アートと音楽が一体となったパフォーマンスは、聴覚と視覚を超えて、感覚全体を刺激する深い体験を提供するのです。
4. ピンク・フロイド以外の革新的アーティスト
ピンク・フロイドのコンサートでのアプローチは、他のアーティストやバンドにも大きな影響を与えたものと思われます。
また、70年代のロックバンドには、相互に「新しいことに挑戦する」というスタイルで競争しあい、革新的なライブ・パフォーマンスを行ったレジェンドバンドがいくつもあります。
さらに、その後のU2やナイン・インチ・ネイルズなどのバンドは、彼らのスタイルを受け継ぎつつ、さらに発展させました。
4.1 レッド・ツェッペリン (Led Zeppelin)
- 代表的なコンサート:
- 「The Song Remains the Same」ツアー(1973年)
- 伝説的なライブ「Madison Square Garden」の演奏を収めた映画が象徴的。
- 特徴:
- 長時間にわたる即興演奏で観客を引き込む。
- ステージ上での圧倒的な存在感と、ハードロックのエネルギーを最大限に活用したパフォーマンス。
- 演奏の中でドラマチックなビジュアル演出は少なかったが、バンドの音楽的なダイナミズムそのものが観客を魅了しました。
4.2 ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones)
- 代表的なコンサート:
- 「Steel Wheels/Urban Jungle」ツアー(1989–1990年)
- 「Bridges to Babylon」ツアー(1997–1998年)
- 特徴:
- 巨大なステージセットと大胆なパイロテクニクス(花火や火炎効果)。
- 360度に設計されたステージで観客との距離を縮める。
- ロックンロールのエネルギーを維持しながら、ビジュアルアートを取り入れた一大エンターテインメント。
4.3 クイーン (Queen)
- 代表的なコンサート:
- 「Live Aid」(1985年)
- 「Magic Tour」(1986年)
- 特徴:
- フレディ・マーキュリーの圧倒的なカリスマ性と観客を巻き込むパフォーマンス。
- ライブエイドの20分間は「史上最高のライブ」とも称され、観客全体が一体となるエモーショナルな体験を作り上げた。
- 煌びやかな衣装やドラマチックなセットリストがライブ全体を特別なものに。
4.4 U2
- 代表的なコンサート:
- 「Zoo TV Tour」(1992–1993年)
- 「360° Tour」(2009–2011年)
- 特徴:
- 「Zoo TV」は、巨大スクリーンと視覚的プロパガンダでメディア批判をテーマにした革新的なコンサート。
- 「360° Tour」では、360度の視界を提供するステージ構造と壮大なライトショー。
- 社会的メッセージと音楽を融合し、観客に深い印象を与える演出が特徴。
4.5 デヴィッド・ボウイ (David Bowie)
- 代表的なコンサート:
- 「Diamond Dogs Tour」(1974年)
- 「Glass Spider Tour」(1987年)
- 特徴:
- 演劇的な要素を取り入れたコンサートで、セットや衣装、演技などがステージ全体をアート作品のように演出。
- 「Diamond Dogs Tour」では、ディストピアをテーマにした舞台装置やプロップを駆使。
- 「Glass Spider Tour」では、巨大なクモ型のステージセットが話題を呼びました。
4.6 ジェネシス (Genesis)
- 代表的なコンサート:
- 「The Lamb Lies Down on Broadway」(1974年)
- 特徴:
- ピーター・ガブリエル時代のジェネシスは、物語性のあるコンセプトアルバムをそのままライブで再現。
- 物語に沿った衣装チェンジや映像投影、演劇的なパフォーマンス。
- ライブ全体が一つの舞台劇のように構成されていました。
4.7 レディオヘッド (Radiohead)
- 代表的なコンサート:
- 「In Rainbows Tour」(2008年)
- 特徴:
- ミニマルかつ芸術的なライトショー。
- 音楽の実験的な要素を強調し、デジタルアートや映像を融合。
- ステージ全体を視覚的なインスタレーションのように演出。
4.8 ザ・フー (The Who)
- 代表的なコンサート:
- 「Live at Leeds」(1970年)
- 「Quadrophenia Tour」(1973年)
- 特徴:
- オペラ的なアルバム『トミー』や『四重人格(Quadrophenia)』をコンサートで完全再現。
- 物語性を重視し、音楽に深みを与える演出。
- パワフルな演奏と映像のシンクロが観客を引き込む。
4.9 ナイン・インチ・ネイルズ (Nine Inch Nails)
- 代表的なコンサート:
- 「Lights in the Sky Tour」(2008年)
- 特徴:
- 巨大なLEDスクリーンと映像技術を駆使し、コンサート全体をデジタルアート作品のように演出。
- 工業的で暗い雰囲気の中、音楽と映像がシームレスに融合。
5. まとめ~総評と現代への影響
これらのバンドやアーティストは、それぞれの独自性を生かし、音楽とパフォーマンスアートを融合させた新しい形のコンサートを生み出しました。
ピンク・フロイドは、その成功による金銭的余裕から、かなりお金のかかる舞台装置や照明を使った壮大なコンサートを開催する先例を作れたものと思われます。
その先駆者的な成功事例が、彼らの後を追うアーティストたちを次々に生み出し、今も、音楽を単なる聴覚的な体験から総合的なパフォーマンスアート的体験の場に進化させています。
アートロックからプログレッシブロックへの進化、そしてピンク・フロイドの革新的なコンサートスタイルは、音楽と現代アートがどのように相互作用し、新たな表現を生み出してきたかを象徴しています。
彼らの活動は、音楽が単なる娯楽の枠を超え、深い芸術性とメッセージ性を持つことを証明しました。
現代においても、彼らの影響は色褪せることなく、音楽とアートの融合を目指す多くのアーティストにインスピレーションを与え続けています。
最後に、そんなピンクフロイド体験ができる「原始神母」のコンサート、2025年3月には日比谷の野音で「ピンクフロイド:炎」の再現コンサートをやってくれる予定です。
レッドツエッペリン、クイーンのトリビュートバンドも出演するこのコンサート、「偉大なる模倣」もクラシック音楽と同じく一種のアートです。
ブリティッシュロックが開拓した、「音楽とアートの融合」の歴史を体験したい方は是非、コンサートに行ってみて下さい。
最後に、インテリアの装飾にはアート額といっしょに、好きな音楽アルバムのジャケットを飾ってみるもおススメです!
音楽アルバムのジャケットと現代アートと言えば、アンディ・ウォホールの「ヴェルベットアンダーグラウンド」のバナナのジャケットが有名ですが、ピンクフロイドのアルバムジャケットも音楽アルバムのジャケットをアートに昇華させたと言われる「ヒプノシス」のデザインで、こちらもインテリアに飾りたくなるものがたくさんあります。