はじめに~Close to the Boundary
ホーガン先生の講評と示唆から、「キュレーション」ということについても多くの気づきをいただきました。
これまで私は「鑑賞者」という立場を中心に Artstylic を運営してきましたが、そのこと自体が一種のキュレーションでもあるのだと再認識しました。
同時に、選び取るという行為には小さくとも確かな責任が伴うことにも気づかされました。
その思いをきっかけに、ここでは私自身が最初に取り組んだ二つの作品——「The First Drop ― 境界」と「レイチェルの記憶」——を紹介し、その後に調べ直したキュレーションをめぐる考察を整理しておきたいと思います。
■注記
本記事は筆者個人の責任で作成したものであり、大学および教員の公式見解や公式資料を示すものではありません。
また掲載作品は、自由テーマでの作品、表現であり、大学や指導教員の公式見解やスタンス等とは一切関係のない、作者の個人的なものです。
Note
This document has been prepared under the sole responsibility of the author and does not represent the official views or materials of the University or its faculty.
The works presented here are created under a free theme and are entirely personal expressions of the author. They bear no relation to the official views or positions of the University or its instructors.
小さな箱から見えてきたこと
二つの試みを通じて感じたのは、AIと人間の関係は「代替」ではなく「協働」として捉えるべきだということです。
AIは無数の可能性を提示しますが、問いを立て、文脈を与え、最初の境界を引くのは人間の役割です。
この小さな作品制作は、未来のキュレーションを考えるための私にとっての“最初の一滴”となりました。
「境界に立つ」ということ
私のサイト Artstylic は、まさに「境界」に立ちながら発信している場所です。
大衆とエリートの間にある距離を少しでも埋め、現代アートを日常の中に息づかせたい。
このようなサイトは勝手な趣味とは言え、発信する以上は責務が発生するということを、今回の作品制作と調査を通じてあらためて感じました。
一方で、私のような個人サイトには宿命があります。
それはネットでの集客です。読まれなければ存在しないのと同じ。
どうしてもアクセスが増えやすい著名作家の記事や、SEOを意識した記事ばかりを優先してしまう。
そこから完全に逃れることはできません。
そしてここは学術サイトではありません。
専門的な論文や公式な見解を示す場ではなく、あくまで一個人が試行錯誤しながらアートに触れ、考えたことを綴る場所です。
さらに言えば、「境界」にも幅があります。
私の Artstylic は大衆寄りのギリギリの端に立っていますが、一方で今回のような大学の公開講義は、より専門家寄りの境界に位置しています。
今回、その受講記録をネットに公開する試みは、この境界の中にある距離を少しでも埋め、両端を結ぶ小さな橋となれば幸いです。
だからこそ、その揺れや矛盾を抱えながら、Artstylic がめざしている「境界から見える景色」を少しずつ伝えていければと思っています。
Fakewhale.xyzのご紹介
東京藝術大学のジェシー・ホーガン先生からご紹介のあったサイトの特集雑誌を直接拝見することは難しいのですが、テクノロジーとアートの関係性や、文化的変容、キュレーションを主なテーマとしたサイトのようで、とりあえず、このサイトに掲載されている作品のビジュアルを見るだけでも、新鮮でとても面白いものが満載ですので、ご興味ある方は、是非、ご覧ください。
Fakewhale.xyz
いま議論されている主要7トピック(簡単まとめ版)
Fakewhale.xyzのサイト内容の調査をきっかけにキュレーションに関する議論を調べた7つのトピックです。
1) アルゴリズム・キュレーションの課題
AIが展示を選ぶと便利ですが、データの偏り(バイアス)、理由を説明できない不透明さ、監査の難しさといった問題があります。
→ 「AIがなぜ選んだか」を明示する仕組みが求められています。
2) 「AI=共同キュレーター」という考え方
生成AIの出力やプロンプト設計そのものがキュレーション行為に近いと言われます。
→ ただし、文脈や意味づけにはまだ人間の判断が必要です。
3) Web3と分散型のキュレーション
ブロックチェーンやDAOにより、展示を決める権限を美術館だけでなくコミュニティ全体で共有する試みが広がっています。
→ キュレーションの「民主化」の動きです。
4) バーチャル展示と体験設計
仮想空間での展示では、ただ作品を並べるのではなく、観客が参加できる体験そのものをデザインすることが重要になっています。
5) 美術館の応答(歴史と現在)
Tate Modern や MoMA は、AIを突発的な新技術ではなく、長い技術史の連続として捉え直しています。
→ 過去を踏まえて現在のルールを考える必要があります。
6) 倫理と権利の問題
AIは偏見を強めたり、著作権やアーティストの生計、環境負荷に影響します。
→ 「誰のための展示か」を再設計する必要があります。
7) 保存とアーカイブ
デジタルやAIの作品は、作品本体だけでなく、プロセスや環境(モデルのバージョンやプロンプト)まで保存しなければ再現できません。
キュレーションに関していま議論されている7つのトピック(詳細版)
各項目を少し詳しく、参考サイトも記載しておきます。
1) アルゴリズム・キュレーションの「緊張関係」
AIによる作品推薦や展示構成は、バイアスの再生産(偏ったデータをそのまま強化してしまうこと)、説明可能性(なぜその選択に至ったかを人に説明できない問題)、監査の難しさといった課題を抱えています【1】。
その解決策として、「偏りを“アンラーン”する技術」や「真正性(authenticity)の再定義」、「分野特化のルール作り」などが議論されています。
例:Spotifyのレコメンドがいつも同じ系統の曲ばかり提示するように、美術館でAIが偏った展示を続ければ、多様性が失われる危険があります。
2) 「AI=共同キュレーター」化と境界の曖昧化
生成AIでは、出力の選別やプロンプト設計そのものが「キュレーション的行為」と言えます。つまりAIはすでに「共同キュレーター」として関わっているのです【2】。
ただし研究によれば、AIは「過去の展示傾向」を模倣して審美的一貫性はある程度再現できても、文脈判断には人間の関与が不可欠です【3】。
つまりAIは候補を並べるのは得意ですが、「なぜ今この作品を並べるのか?」を決めるのは人間の役割です。
3) Web3/分散化が再配分する“キュラトリアル権力”
従来は美術館や専門家が持っていた「展示を決める力」。これをブロックチェーンやDAOを通じてコミュニティに分散させる試みが始まっています【4】。
「Future Art Ecosystems」(Serpentine Galleries)では、こうした分散型の仕組みが公共性やPublic AIをどう支えるかが課題だとされています。
たとえば、展示を投票で決めたり、出品の記録をブロックチェーンに残して透明性を担保する方法です。
4) バーチャル/没入型展示の拡張
コロナ以降、**仮想展示(Virtual Exhibition)**が急速に広がり、研究も進んでいます【5】。
「物理空間をただ翻訳する」のではなく、オンライン環境ならではの身体性や参加性をどうデザインするかが新しい評価軸になっています。
例:バーチャル空間で作品の中を歩き回れる展示や、観客の行動で展示構成が変化する仕組み。
5) インスティテューションの応答(回顧と更新)
Tate Modern の「Electric Dreams」展(2024–2025)は、AIを「突然の新現象」ではなく長い技術史の連続性に位置づけ直しました【6】。
MoMA R&Dサロンでも「アルゴリズム」「ビッグデータ」をテーマに、データ駆動の鑑賞体験や“善”の再定義を検討しています【7】。
新しい技術を語るときに、過去の技術革新とのつながりを無視しないことが重要です。
6) 倫理・権利・ケアの枠組み
AIは便利ですが、偏見の増幅、データ搾取、環境負荷などの問題を伴います【8】。
また、アーティストの生計や著作権、プロヴェナンス(作品の来歴)の設計も大きな課題です【9】。
「誰のための展示か」という問いを常に意識しなければ、キュレーションが美しくても不公正なものになりかねません。
7) データ化と保存(Preservation)への影響
生成AIやネット由来の作品は、作品本体だけでなく、生成プロセスや実行環境まで保存しないと再現できません。
TateやRhizome、新美術館の取り組みでは、プロンプトやモデルのバージョンまで保存対象としています【10】。
昔の油絵は「絵具とキャンバス」を保存すればよかったのに対し、今は「ソースコードやAIモデル」まで含めないと保存にならないのです。
参考文献・リンク(抜粋)
【1】Srinivasan, Understanding the Tensions of Algorithmic Curation (FAccT 2024) — バイアス・説明可能性・真正性の課題 dl.acm.org
【2】WIRED, AI Art Is Challenging the Boundaries of Curation wired.com
【3】von Davier, A Machine Walks into an Exhibit (Arts, 2024) — AIが展示傾向を模倣できる限界 mdpi.com
【4】Serpentine, Future Art Ecosystems (2022–2025) — Web3とPublic AI futureartecosystems.org
【5】MDPI, Expanding Understandings of Curatorial Practice Through Virtual Exhibition Building (2024) mdpi.com
【6】Tate Modern, Electric Dreams (2024–2025) tate.org.uk
【7】MoMA R&D Salons, The Way of the Algorithm / Bigger Data momarnd.moma.org
【8】Springer, Ethics of AI in Curation link.springer.com
【9】SSRN, Copyright, Provenance, and AI ssrn.com
【10】Rhizome, Preservation Practices for Digital and AI Art newmuseum.org
最後に:自律型AIという新たな論点
今回まとめた7つのトピックに加えて、近年は 自律型AIとキュレーション という新しい問題も注目されています。
VR-All-Art では、自律エージェントを使って展示の管理やプロモーションを行う実験が進められています。
Botto は、DAO(分散型自律組織)によって運営されるAIアートエージェントで、生成と選択のプロセスをコミュニティ投票とともに自律的に進化させています。
博物館研究 では「訪問者中心AI」を導入し、来館者一人ひとりに合わせた展示体験の最適化が試みられています。
これらは「AIが提案する」段階から「AIが決める」段階に踏み込みつつあり、人間のキュレーターの役割や責任をどこに残すのか という新しい課題を投げかけています。
Finally:The Emerging Issue of Autonomous AI
In addition to the seven topics summarized above, a new issue has recently come into focus: autonomous AI and curation.
VR-All-Art has been experimenting with autonomous agents that can handle exhibition management and promotion.
Botto, a decentralized autonomous art agent (DAO), generates works and evolves its “taste model” through community voting, moving toward more self-directed forms of artistic decision-making.
Museum research has explored the use of “visitor-centered AI” to personalize exhibition experiences for each individual visitor.
These examples indicate a shift from the stage where AI merely proposes toward one where AI itself decides.
This raises a pressing new question: where should the role and responsibility of the human curator remain in such a landscape?
関連記事
この記事と全然関係ありませんが、“Close to the Boundary”というのは私の愛聴盤へのオマージュです。
This article has nothing to do with it, but “Close to the Boundary” is an homage to one of my favorite albums.