「日本人はアートをインテリアとしてしか見ていないから、アートの投資市場が小さい」
「アート思考が足りないから、日本ではGoogleのようなクリエイティブな企業が生まれない」
「アート投資が活発な国こそ、先進的な民主国家だ」
こんな主張を耳にしたことがあるでしょうか?
確かに、日本のアート市場は世界的に見て小さいでしょう。
しかし、それを単純に「アートを投資対象として見ていないから」と断じるのは、歴史的背景、経済環境、文化的要因を考慮していない短絡的な見方かもしれません。
本記事では、
- バブル崩壊によるトラウマが、アート投資に慎重な文化を生んだ
- 「アート思考が足りないからGoogleが生まれない」は本質的な問題ではない
- アート市場の拡大は、「投資」よりもまず「生活に取り入れる文化」から
この3つの視点から日本のアート市場を活性化させるための本質的なアプローチを考えてみます。
① バブル崩壊のトラウマが、アート投資への慎重さを生んだ
バブル期(1980年代後半〜1990年代初頭)、日本ではアート市場が異常な盛り上がりを見せていました。
- ヴァン・ゴッホの《医師ガシェの肖像》が125億円で日本のコレクターに落札された(1990年)
- 企業や銀行までもがアートを投資対象とし、担保融資の対象にした
- ルノワール、ピカソ、モネなどの作品が次々と日本に流入
しかし、バブル崩壊とともに、アートの資産価値は急落。
多くの資産家や企業が、美術品を二束三文で手放すことを余儀なくされたのです。
この苦い経験が、昭和から続いた資産家層には「アートはリスクが高い」という意識を根付かせたと思われます。
これは、日本のアート市場が欧米と比べて慎重な姿勢を取る一因となっているのではないでしょうか。
バブル崩壊後の長きにわたるん本経済の低迷、そこからまだ20数年しか経っていないのです。
代々資産家の家系がアートを買い続ける欧米とは異なり、日本では「アートを投資対象とする」文化が完全に回復していないのは当然のことです。
しかし、その一方で、前澤氏のような新興資産家がバスキアに巨額の資金を投じる事例も出てきています。
つまり、日本でも徐々に「アート投資」に対する見方が変わり始めているのです。
ただし、それは市場全体を変えるには不十分です。
本当に日本のアート市場を活性化させるには、「アート投資」の市場を活性化させる前に「アートを生活に取り入れる文化」を根付かせることが必要なのではないでしょうか?
そもそも「日本人がアートをインテリア装飾品としてしか見ていないからアートの投資市場が育たない」、という前に、そもそもインテリアとして数万円レベルのアートすら、殆どの日本人が購入していないのです。
② アート思考の不足ではなく、産業構造の問題がクリエイティブ企業を阻んでいる
「日本ではGoogleのようなクリエイティブ企業が生まれないのは、アート思考が足りないからだ」
この主張を聞くこともありますが、これは本質的な問題ではないと思われます。
Googleのような企業が成功した背景には、アート的な発想だけでなく、以下のような要素が大きく関係しているはずです。
- スタンフォード大学とシリコンバレーの強力な産学連携(日本ではまだ弱い)
- ベンチャーキャピタルの豊富な投資(日本ではスタートアップ資金調達が難しい)
- 失敗を許容する文化(日本では一度の失敗がキャリアの大きなリスクになる)
- 規制の少なさ(アメリカは新規ビジネスに寛容だが、日本は慎重な規制が多い)
つまり、日本でGoogleのような企業が生まれにくいのは、アート思考の不足ではなく、ビジネス環境そのものが不利だから なのではないでしょうか。
むしろ、日本にはすでに世界に誇れるクリエイティブな企業が存在すします。
- 任天堂(ゲームを通じたクリエイティブな体験の創出)
- ソニー(エンタメとテクノロジーの融合)
- チームラボ(アート×テクノロジーの先駆者)
「Googleのような企業がない=日本にはクリエイティブ企業がない」というのは短絡的な見方であり、むしろ必要なのは、日本に合った形のクリエイティブ産業を発展させることではないでしょうか?
③ アート市場の活性化は、「投資」よりも「生活文化」の変革から
「アート市場を拡大するには、投資を活発にすることが必要だ」と主張する人がいます。
しかし、多くの庶民にとってアートを投資対象と考えるのは、その先の話ではないでしょうか?
むしろ、
・数万円、数十万円のアートを生活に取り入れる文化を広めること
・家庭でアートを飾ることを当たり前にすること
・それが子どもの情操教育にもつながること
こうしたボトムアップの動きがあった上で、アート市場が活性化していく方が好ましい気がします。
欧米では、普通の家庭でもアートを飾る文化が根付いていますが、一方、日本では「アートを買って自宅に飾る」という人は少数派だと言われています。
まずは、
- 一人ひとりが身近な価格帯のアートを購入し、飾る
- 子どもがアートに触れる機会を増やす
- アートを「特別なもの」ではなく、日常の一部にする
このような意識の変革が、日本のアート市場を長期的に成長させる本当の鍵ではないか?と思います。
まとめ~「アートを買わない日本人がダメ」ではないのでは?
日本のアート投資市場の小ささの原因を「日本人はアートをインテリアとしか見ていないから」という指摘はどうも筋違いのような気がしてなりません。
筆者は、むしろ、以下のような要因が輻輳的に絡んでいるものと推定します。
- バブル崩壊で昭和の時代から続く古い富裕層がアート投資に慎重になった歴史的背景がある
- アートの投資市場の小ささがクリエイティブ企業の成長を阻んでいるのではない
- そもそも日本人には一品物のインテリアアートすら購入する文化が根付いていない
これらの要素を考えると、むしろ、アートのエリート層やアート投資系の専門家等が否定する「インテリアアート」の中にこそ、アート市場拡大のヒントがあるように思います。
ここでいう「インテリアアート」というのは、もちろん、複製ポスターのアート雑貨ではなく、「投資としての価値はないかもしれないけれど、インテリアとして飾れる一点物のアート作品」という意味です。
日本のアートの税制は欧米に比べて優遇策が足りない、とか、いろいろな理由を指摘されていますが、仮にそうだとしても、今の日本で富裕層の優遇税制のような優先順位の低い政策が実現する可能性はかなり低いでしょう。
生活に根差したアート文化の拡大と税制等を比較すれば、どちらも実現可能性は低いのかもしれませんが、理想を言えば、富裕層だけを優遇するような税制の議論よりも、まずは大衆=普通の人が「アートを買い、飾る文化」を広めることの方が望ましいことではないかと考えます。
筆者の個人的な意見に過ぎませんが、日本のアート市場の活性化は、富裕層やアートのエリート層だけが欲しがるようなアート市場を拡大することよりも、大衆のボトムアップの文化的変革によって実現すべきではないかと思うのです。
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