有名なアート作品やその作家については、必ず「賛否両論」の評価が存在します。
特に作家自身の情報が豊富に残されている時代以降においては、アート作品そのものに対するものだけでなく、作家の思想や行動に対するものも多く、作品と作家の人生が一体となって評価の対象となっています。
日本人でいえば、「藤田嗣治」等の戦争画論争などがありますが、今回は、「フェルト・スーツ」といった代表作や社会彫刻で知られる「ヨーゼフ・ボイス」を事例として、芸術家の人としての「思想」や「生き方」がアートの賛否にどのような影響を及ぼしているかをご紹介します。
美術手帳:「ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展」(GYRE GALLERY)開幕レポート。なぜいまボイスなのか?(2024.7.17)
1.ヨーゼフ・ボイスの生涯と芸術活動
ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)は、ナチス時代に「ヒトラー・ユーゲント」のメンバーとして参加し、ドイツ空軍の志願兵として従軍した経歴を持ちます。
しかし、戦後彼はナチズムから距離を置き、社会的変革を目指すアート活動に邁進しました。
ボイスの芸術は、個人の社会的責任や政治的メッセージを強く反映させるものであり、特に「社会的彫刻」という概念を提唱しました。
彼は芸術を社会変革の手段として捉え、作品を通じて人々に新たな意識を喚起しようとしました。
また、1970年代には環境問題や社会的公正を訴える活動を行い、緑の党の結党にも関与しました。
このように、ボイスは政治的・社会的なメッセージを強く持ち続けた芸術家であり、芸術活動を通じて社会を変革しようとした点で特異な存在です。
2.ナチスとの関わりとその後の評価
ボイスの評価は、ナチス時代の過去との関わりによって複雑です。
彼は「ヒトラー・ユーゲント」に参加し、ドイツ空軍の志願兵として戦争に従事していましたが、戦後はその立場を転換し、反ナチズムや社会的公正を訴える立場を取ります。
特に戦後は、自身の芸術活動を通じてナチズムに対する反対を表明し、社会改革を目指しました。
しかし、その過去が評価に与える影響は否定できません。
彼のナチス時代の経歴やその後の活動とのギャップが、後世の評価に複雑さを加えることとなり、ボイスに対する賛否両論が生まれました。
特に、ナチスとの関わりを完全に断ち切ることなく、その後も元将校や銀行家、実業家とつながりを持ち続けたことが新たな伝記で指摘されています。
この点はボイスの評価に対する重要な議論の一つとなり、過去の行動がどのようにその後の活動に影響を与えたのかについて再評価が求められています。
3.伝記による新たな指摘
2021年に発表されたヨーゼフ・ボイスの伝記改訂版では、彼がナチス時代の元将校や実業家、銀行家と生涯にわたってつながりを持ち続けていたことが新たに明らかにされています。
この点が再評価されることによって、ボイスの過去とその後の活動に対する理解が深まることが期待されています。
特に、この伝記ではボイス自身が作り出した数多くの俗説が暴かれ、彼の実際の経歴や人物像が浮き彫りにされるとされています。
しかし、この新たな指摘については依然として証拠が確実かどうか現時点では不明であり、ボイスの過去に関する議論は引き続き続くことが予想されます。
この本はまだ日本語訳が出ていないようですが、出版されるか注目されます。
「戦後を代表するドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイス 偽りだらけの過去」(スイスの視点を10言語で)
4.藤田嗣治の戦争画問題との類似性
ボイスのナチス時代の経歴が後の評価に影響を与える点は、日本の芸術家藤田嗣治の戦争画問題と類似しています。
藤田は第二次世界大戦中、日本政府のために戦争画を描き、その後の戦後評価において大きな批判を受けました。
戦争画は戦争を美化するものであり、戦後の平和的価値観と矛盾するものとして評価されました。
ボイスもまた、ナチスとのつながりが彼の後の芸術活動にどのように影響を与えるのかという点で、藤田と共通する問題を抱えています。
両者は、過去の行動がその後の芸術活動に対する評価に影響を与えるという点で類似しており、戦争や政治的背景がアーティストの評価をどのように形作るかという問題を浮き彫りにしています。
5.ボイスの賛否と再評価の必要性
ヨーゼフ・ボイスの芸術活動は、社会的責任を強調し、アートを通じて社会変革を促すものであったため、広く評価されています。
しかし、その過去のナチスとの関わりや、戦後の反ナチズムとのギャップが問題視され、彼の評価には賛否両論が存在します。
ボイスは、ナチズムから距離を置き、反戦や環境問題を訴える活動を行いましたが、その過去のつながりが後世の評価に影響を与え続けています。
新たな伝記によって明らかにされた彼の過去の人脈や活動は、ボイスの人物像を再評価する材料となります。
この伝記により、彼の芸術とその社会的影響を理解するためには、過去とその後の活動をどのように関連づけて考えるべきかという点が新たに注目されるでしょう。
まとめ~過去と後の活動のギャップを超え
ヨーゼフ・ボイスの評価は、その過去のナチスとの関わりと、戦後の反ナチズム的立場とのギャップに揺れています。
しかし、彼の芸術活動は、社会的メッセージを強く反映させ、アートを通じて社会変革を目指す重要な役割を果たしました。
新たな伝記の発表により、彼の過去の経歴や政治的活動を踏まえた再評価がなされ、その結果としてボイスの人物像はさらに深く議論されるでしょう。
藤田嗣治の戦争画問題との類似点からも分かるように、芸術家の過去とその後の活動のギャップは、評価に大きな影響を与える要素となります。
ボイスの評価もまた、その過去と活動の複雑な関係を再考することで、新たな理解に繋がることが期待されます。