Kiyo Gocochi オンラインショップ
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消えゆくものをキュレーションするアート
エフェメラ(儚く消えゆくもの)を現代アート的文脈で再編集し、
リ・アート作品やWEBコンテンツとして発信するサイトです。
映画や建築、デザイン、AI、都市に取り残された
“エフェメラっぽいもの”も幅広く取り上げ、
時代やジャンルを横断してつなぎます。
エフェメラ(Ephemera)とは、もともと「短命なもの」「一時的な印刷物」を指す言葉です。
現在ではその関心は、紙ものや印刷物だけでなく、時間、記憶、体験、都市、デジタル上の存在へも広がっています。
エフェメラ・リ・アートは、エフェメラルセンスによって生まれる表現です。
ここでいうエフェメラルセンスとは、消えていくもの、変わっていくもの、放っておけば失われてしまうものの中にある美しさやアート性を見つける視点と、その儚さを慈しむ感性のことを私の独自の呼び方をした感性です。
エフェメラ・リ・アートは、そうしたエフェメラやエフェメラルなものを現代アート的な視点で再編集し、作品やコンテンツとして発信するキュレーションアートです。
ラベルや紙ものなどの「エフェメラそのもの」を中心にしながら、映画、建築、デザイン、AI、都市、記憶など、エフェメラルな気配を持つものも横断的につないでいきます。
一般に、「エフェメラ・アート」と「エフェメラル・アート」は異なる表現ですが、エフェメラ・リ・アートはそのどちらか一方に限定されません。
ラベルに消えない命を吹き込む表現を、映画や建築、Web、都市の記憶と接続していくこと。
そして、このWebサイト自体もまた、いずれ消えゆくエフェメラルなキュレーションアートとして捉えること。
そうした広い表現を包含する言葉として、私はこれを「エフェメラ・リ・アート」と呼んでいます。
たとえば、エフェメラを加工せず、そのままフォトスタンドに入れてデスクに飾ること。
あるいは、エフェメラを加工してアートにした「エフェメラ・リ・アート」作品を、部屋に飾ること。
そのどちらも、単なる装飾ではありません。
それは、過去の時間や記憶の断片を、現在の暮らしの中に取り入れる行為です。
つまり、部屋のインテリアに「時間の層」をつくり出す試みだと言えます。
エフェメラそのものを飾る場合も、エフェメラ・リ・アートとして再構成された作品を飾る場合も、インテリア全体をエフェメラ的な視点でコーディネートしようとする意志があるなら、それもまた「エフェメラ・リ・アート」と呼べるものです。
黒い手の彫刻、雨の夜景、ヴィンテージラベル、光の中を漂うカゲロウ。
別々の時代と文脈にあるモチーフを、この映像ではひとつの「リ・アート」の空間として再配置しています。
カゲロウは消えていく記憶の象徴。
ラベルは、本来なら使い終われば捨てられるはずだった紙片です。
しかし、その小さな紙片にも、時代のデザイン、都市の気配、人の記憶が宿っています。
男が手を伸ばすと、カゲロウとラベルはふわりと消え、手の彫刻が回転し、街は過去から未来へと変貌していきます。
過去は形を変えて残るのか、それとも消えてしまうのか。
この映像は、消えゆくものをもう一度見つめ直すための、エフェメラルなリ・アート作品です。
─ 様々な痕跡が「エフェメラ」という概念につながるまで ─
消えていくものを見つめ、記録し、つなぎ、
新しい文脈の中で再び光を当てること。
それが、このサイトの試みです。
私たちは、自分の痕跡を、
記憶に残る別のかたちへ変えて残そうとします。
写真、手紙、作品、言葉、記録。
それらはすべて、消えていく時間に抗うための
小さな試みなのかもしれません。
しかし、それでもいつかは必ず消えていきます。
私たちの想いもまた、
エフェメラなのかもしれません。
ヴィンテージラベルや古い紙もの、照明、家具、建築や映画の世界観。
それらをインテリアに取り込むことで、空間に“記憶の層”をつくることができます。
レトロモダンな空間づくりのヒントや実例、アイテムを紹介します。